芦沢啓治芦沢啓治建築設計事務所

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越前のマテリアルをひもとく旅 <後編>

今回の旅の案内人は、建築家・芦沢啓治さん。さまざまな素材が息づく越前市を訪れ、職人たちの手仕事や風土とのつながりを探っていきます。

初日は、和紙の作り手たちのもとをめぐり、伝統から革新まで多様な技術にふれました。2日目は、和紙以外の工芸や建材にも目を向けながら、越前という土地が育む「マテリアルの力」を、建築家の目線でひもといていきます。

越前セラミカ DAY2 Spot_1

2日目の朝、芦沢さんが訪れたのは、越前市西部にある「越前セラミカ」。1952年創業の瓦メーカーで、日本の伝統建築を支える「越前瓦」の製造・販売を続けています。

「越前瓦の特徴は、渋みのある銀鼠色と抜群の耐寒性。福井ではごく当たり前の景色ですが、東北や北海道にも広く使われているんですよ」と話すのは、代表の石山享史さん。

 

学校の体育館ほどの広い精土工場にはさまざまな種類の粘土が山のように積み上げられています。採れた場所によって粘土の状態が異なるため、風雨にさらし半年以上寝かせ、混ぜ合わせるのに適した状態にするそう。粘土は大きなショベルカーで運ばれ、越前瓦に適した独自のブレンドで混練していきます。

 

混ぜ合わせた粘土は瓦のかたちにプレスして成形。大きなベルトコンベアで次々と瓦が運ばれ、釉薬をつけていきます。

 

乾燥・素焼き・釉薬を経た瓦はトンネル窯に入れ、入り口から出口までの64mを通らせ、24時間かけて焼き上げます。その温度は1200℃以上。高温で焼成する「還元焼成法」により、瓦は低い吸水率と高い強度を備え、厳しい寒冷地でもその性能を発揮します。

 

越前セラミカでは、瓦づくりの技術を活かしてタイルやレンガ、食器などの開発にも取り組んでいます。和洋問わず使えるデザイン性が魅力で、空間づくりの素材としてあらためて注目されています。

 

「かつて越前には50以上の瓦メーカーがありましたが、今では2社だけ。でも私たちはこの技術を絶やさず、地域の風景と文化を守っていきたいんです」と石山さん。

工房を見学しながら、芦沢さんも地域の建材がもつ力や、今後の活用について熱心に話し込んでいました。

 

小柳箪笥 DAY2 Spot_2

越前セラミカを後にして、芦沢さんが次に訪れたのは、越前市中心部にある老舗「小柳箪笥」です。1907年創業、4代目・小柳範和さんが伝統を受け継いでいます。

 

「越前箪笥は、木と木を組み合わせる独自の指物技術に加えて、越前打刃物を応用した金具、そして漆塗りの技術という、越前が誇る三つのものづくりの力が合わさってできています。越前市を中心に半径10km圏内に、これらの技術が集まっているからこそ生まれた工芸です」と小柳さんは語ります。

 

工房の中を案内していただくと、道具や材料が整然と並び、作業の一つひとつに無駄のない動きが見て取れます。その丁寧な手仕事は、職人としての精度の高さを物語っています。

 

越前箪笥の代表的な意匠である飾り金具や鍵が開くときに独特の音を奏でる仕掛けも、越前箪笥に古くから伝わる技術。これらの金具は今も、ひとつずつやすりで整えながら、丁寧に仕上げられています。

 

2014年には、アトリエ兼ギャラリー「kicoru」もオープン。伝統の指物技術を生かしたオーダー家具や、デザイナーとのコラボによるスピーカーなども手がけ、空間提案の幅を広げています。

 

「箪笥職人として三つの技術すべてを一人でこなせる人は、今ではほんのわずかしかいません」と語る小柳さん。

越前箪笥は単なる家具ではなく、越前という土地が育んできた“総合工芸”とも言える存在。伝統を大切にしながらも、ジャンルを越えて新しい挑戦を続ける小柳さんの姿勢に、芦沢さんも深く共感した様子でした。

 

江戸屋  DAY2 Spot_3

昼食で訪れたのは、越前市内で多くのファンに親しまれている人気店「越前めん処 江戸屋」。県内外からのリピーターも多く、地元グルメを一度に楽しめる名店として知られています。

 

この日いただいたのは、越前市の三大名物「越前おろしそば」「ボルガライス」「中華そば」を一度に味わえる「ひ三つのごちそうセット」。越前の味覚を余すところなく堪能できるメニューです。

人気の3品が一同に介すると、このボリューム!

 

「越前おろしそば」は、福井県の名物として広く知られていますが、その発祥はここ越前市。1601年、府中(現在の越前市)に赴任した本多富正公が、京都・伏見からそば職人を連れてきたことに始まると伝えられています。辛味の効いた大根おろしと香り高いそばの風味が、暑い季節にもぴったりの一品です。

続いて「ボルガライス」はオムライスの上にトンカツをのせ、特製ソースをかけたボリューム満点のご当地グルメ。越前市で30年以上前に生まれ、地元で愛されてきた“ソウルフード”です。

そしてもう一品、「中華そば」も外せません。戦後、ラーメンという言葉が定着する中で、越前市、特に旧武生市の駅前周辺では、昔ながらの「中華そば」という呼び名が今も使われています。あっさりとした醤油ベースのスープはどこか懐かしく、地元の人たちに長く親しまれている味です。

 

そんな三つの越前グルメを一度に楽しめるこのセットに、芦沢さんも大満足。香り高いそば、食べやすいトンカツとオムライスの組み合わせ、やさしい味わいの中華そば。いずれも越前の土地に根づいた味わいで、地域の食文化の奥深さを感じさせてくれる時間となりました。

卯立の工芸館 DAY2 Spot_4

次に訪れたのは、越前和紙の里にある「卯立(うだつ)の工芸館」。江戸時代中期の紙漉き家屋を移築・復元した建物で、伝統工芸士による紙漉きの実演を常時見学できる、全国でも貴重な施設です。

 

ここでは、かつての道具と技をそのままに、今も現役の職人が和紙を漉いています。海外からの来館者も増えており、越前和紙が世界的にも注目されていることがうかがえます。

今回は伝統工芸士のレクチャーで、芦沢さんも紙漉きに挑戦。

 

漉き桁(すきけた)と呼ばれる道具を使い、水中の繊維をすくい上げて紙を漉いていきます。動きは一見単純そうに見えますが、桁全体に繊維を均一に広げ、ムラなく漉くには繊細な技術が必要です。桁を揺らす力加減ひとつで、繊維の絡まり方が大きく変わってしまうため、職人の経験と勘がものを言います。

 

真剣な表情で漉き桁を動かす芦沢さん。「難しいね」とこぼしつつ、初挑戦とは思えない見事な漉き桁さばきを見せてくれました。

館内では、越前市を拠点に活動するクリエイティブチーム「閃 sen」による展示も開催されていました。「閃 sen」は、デザイナー、家具職人、販売者など異なる立場のメンバーたちが、越前和紙を用いたプロダクトを通じて、ものづくりの可能性を探っています。

 

木材に模様のある和紙を貼り付けたオブジェや越前和紙の扉が開閉するシェルフ、刺繍枠に着想を得た作品など、独創的なものばかり。

 

 

若手クリエイターたちによる、自由で柔軟な発想に触れ、芦沢さんも思わず話し込むひと幕も。「若い世代によって、紙の可能性がこれからもっと広がっていきますね」と期待を寄せていました。

 

紙の文化博物館 DAY2 Spot_5

若い感性に触れた後、芦沢さんが足を運んだのは「紙の文化博物館」。ここでは、越前和紙の歴史や製法について学びながら、産地で漉かれた多様な和紙の展示を通して、和紙文化の奥深さを体感することができます。

この場所からは、産地の職人と密に連携しながら世界へ向けて越前和紙を発信する杉原商店の代表・杉原吉直さんも合流。杉原さんの案内で、和紙の過去と未来をつなぐ物語がより鮮明になっていきます。

 

「越前和紙の歴史は非常に古く、平安時代にはすでに越前に和紙の産地が形成されていました。室町時代には、戦国大名・朝倉義景が使用していた越前和紙の品質の高さが織田信長にも伝わり、それが“紙座”の設立につながったんです」と杉原さん。

「紙座」とは、江戸時代に朝廷・幕府・諸大名に御用紙を納めていた特権的な組織で、ときに大名以上に尊重される存在でもありました。越前和紙はその後も、藩札や太政官札(明治政府発行の紙幣)に使用されるなど、重要な紙幣製造の拠点として発展。越前和紙の産地が“お札のふるさと”とも呼ばれる所以です。

さらに、昭和16年からの約10年間には、百円札や千円札の紙がこの地で漉かれました。その後もその技術は株券や卒業証書、茶道・華道の免状などに受け継がれ、形式と信頼性が求められる紙として活用され続けています。

 

「今もいくつかの製紙所では大きな襖紙を漉いていますが、住宅のスタイルが変化したことで、壁材や天井材など建材としてのニーズにも応えるようになりました。最近では不燃認定を取得した和紙も登場し、空間デザインや建築素材としてますます注目されています」と杉原さんは語ります。

 

博物館の展示を見学しながら、芦沢さんも改めて和紙の多様な可能性に感心した様子。二人の話は尽きず、そのまま杉原商店に移動することになりました。

杉原商店 DAY2 Spot_6

 

紙の文化博物館から車で約3分の場所にある「杉原商店」へ。

「越前和紙のソムリエ」として世界中を飛び回る杉原さん。築百年を超える蔵を改装したギャラリーには、産地を代表するさまざまな和紙が並び、まるでショールームのように自由に手に取って見ることができます。

 

ギャラリーには日本各地から、さらには海外からも和紙に関する問い合わせが日々寄せられているといいます。

「実際に各工房で紙を漉く現場を見学できる環境と、ここでさまざまな紙を一堂に見ることができるギャラリーの存在。この両方があることで、和紙への理解がより深く、解像度高くなっていくと感じました」と芦沢さん。

「和紙の職人たちはこれまでにない分野にも知恵を絞って挑戦しようとする気質があります。特に近年は、インテリアや建築の分野での需要が高まり、海外からこの産地に足を運ぶ方も増えています。北陸新幹線の敦賀延伸など各地からのアクセスも便利になったので、これからはぜひ、職人たちと直接対話しながら新たな可能性を見出してほしいですね」と、杉原さんも期待を込めて話してくださいました。

 

ESHIKOTO DAY2 番外編(永平寺町)

旅の締めくくりは、越前のマテリアルが実際に活かされている建築を見に行くことに。 越前市から北上し、永平寺町にある「ESHIKOTO」にやってきました。

 

ESHIKOTO」は、「黒龍」の銘柄で知られる黒龍酒造が20226月に開いた、酒をはじめとする北陸の食や文化を発信する施設。

 

敷地内には黒龍酒造の直営店をはじめ、レストランやギャラリーが並び、2024年にはオーベルジュ、蕎麦店、ブーランジェリーもオープン。雄大な九頭竜川の風景を望みながら、地元の食と酒、空間を丸ごと味わうことのできる新しい拠点として、注目を集めています。

 

芦沢さんが目を留めたのは、施設内に設えられた黒龍酒造のロゴ入り箪笥。その製作を手がけたのは、この旅でも訪れた小柳箪笥店。越前の指物技術と意匠が融合した一点ものであり、空間に静かな存在感を添えていました。

 

さらに、建物の壁面にはすべて越前和紙が用いられており、その表情の豊かさに芦沢さんも思わず見入っていました。和紙をヘリンボーン状に貼り合わせた壁は、まるで漆喰を思わせる上質な質感で、空間に奥行きをもたらしています。

柄、手触り、風合い。そのすべてをオーダーに応じて仕立てることができるのは、越前和紙職人たちの柔軟な技術力があってこそ。自然素材でありながら、空間の世界観づくりにおいても大きな役割を果たしていることが、ひと目で伝わってきました。

越前の産地を巡って

2日間にわたって、越前のマテリアルとその生まれる現場をめぐった芦沢啓治さん。旅の最後に、今回の体験を振り返って感想を伺いました。

 

「和紙はもちろん、瓦や箪笥など、それぞれに強い個性を持った作り手の方々と出会えたことがとても刺激的でした。越前は、建築や空間づくりに関わる者にとって、まさに“楽しめる場所”だと実感しました」

とりわけ印象に残ったのは、実際の現場で素材が生まれる瞬間を目の当たりにしたこと。

「カタログやサンプルで見るだけではわからないことが、現場を訪れることで一気に解像度が上がります。特に和紙は、まだまだ新しい使い方がありそうだと感じました。職人自身では伝えきれない魅力や見せ方がある。そういった価値を外に届けていくことも、私の役割だと思えました」

 

素材にふれ、作り手と語らい、ものづくりを知る。その体験の中から、新たな発想が次々に浮かんできた様子の芦沢さん。越前の素材を一堂に体感できる場や、宿泊しながら素材と空間を味わえる施設など、これからのアイデアにもつながる気づきがいくつもあったようです。

旅の締めくくりにふさわしい静かな余韻の中で、芦沢さんは改めて、越前のものづくりが持つ奥深い力を、肌で感じ取っているようでした。